- 尾関幹人「PHYSICAL」から「MENTAL」へ
- 2013.05.31 Friday
- category: event
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衝撃的、と言う以外に言葉が思い当たらず、苦慮してしまう。実際、作品を前にしても、言葉は出なかった。作家の「どうですか?」という問いに対しても、「う〜ん」とか、「ヤバい」とか、「すごい」とか、そんな貧弱な表現しか思いつかず、自分の語彙のなさに悲劇的な気分になるばかり。あぁ、神様、ボクにもっと文学的な表現を!と叫びたくなるほど、尾関幹人の個展「MENTAL」の出来は非常にヤバかった(←やはり貧弱!)。何がヤバいのか?一つ具体的に説明するのなら、昨年の展示で少しだけ片鱗を見せていた「切り絵による濃淡表現」がさらに先鋭化し、「紙を切り絵で立体的に見せる効果」が飛躍的に向上していることがあげられるだろうか。昨年、「技術的にはほかに比べてけっして高くない」と作家本人が説明してくれた手法なのだけれど、これにより、世界観は格段に広がっている。そして、何よりも崇高な精神が宿るようになった。まぁ、とにかくスゴいのだ(←また出た!)尾関さんはボクの10年来の友人である。作品も持っているから「ポジショントークだろう!」と思う人もいるかもしれない。しかし、事実はそうではない。むしろ逆だ。「ポジショントークに見える」のを嫌がるあまり、ボクは必要以上に、彼の作品を褒めるのを躊躇する。そしてボクは「ザ」がつくほどの「カッコ付けマン」でもあるからして、アートを評論するための言語を持ち合わせていないという事実が露呈することを極端に恐れている。だからこれまでベタ褒めだけは避けてきた。しかし、今回に関してはベタ褒めする以外に手がない。それでも、「一皮むけた」という表現には抵抗がある。そう言葉にすることは、自分の持っている作品を「むける前の作品」と定義付けすることになるからだ。(なんたる小さい人間!)しかし、でも、やっぱり、むけちゃったよね。(いや、ボクが持っているもすばらしい作品なんだよ、負け惜しみではなく)今作品を買わないことで、10年後、後悔する自分の姿がありありと想像できるから、嫌になる。もし、ボクの結婚記念品として、何かをプレゼントしたい!と思っている人がいるのなら、ボクは「それなら尾関さんの作品を」とお願いするだろう。結婚してもう4年以上経ってるけれど。ああ、欲しい。エラそうなことを、あえて言わせてもらうなら、アート関係者は、絶対に行かなくてはならない。「行かないことは、即、死を意味する」とまでは言わないけれど、10年後、「おれ、見たよ」と威張りたいなら、そうするしかほかにない。編集者も同様。編集者の価値とは、そのとき現場にいたかどうかに、大きく左右される。それほどまでに、今回の個展は、大きな分岐点になるものだと思う。ヤバいよ。マジだぜ。
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- 餅つき 薩摩琵琶 鴨鍋
- 2013.05.26 Sunday
- category: event
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ここ数日、発熱でダウンしていたが、やっと熱も下がり、体調はずいぶん良くなってきた。ということで、かねてよりお誘いいただいていた「円覚寺 季節外れの餅つき大会」(勝手命名)へ。これは、友人である某脚本家先生が発起人となって開催されることになったイベントなのだけれど、肝心の先生はぎっくり腰でダウン。我々夫婦ふたりで、「いざ鎌倉」ということになった。円覚寺 龍隠庵はシュンギクにお経をあげてくださったお寺で、訪れるのはあの日以来だなぁ〜、なんてちょっとオセンチな気分になった。和尚さんには大変良くしていただき、本当に感謝感激なのである。新緑和尚。毎年年末に行われている恒例の餅つき大会とは違い、今回のものは限られたメンバーでの開催。といいつつ、男手不足のため女性陣が観光客を勧誘したりしていた。ボクはまだ体調不完全のため今回は見学。きんぴら和尚。今回の餅つき大会には、さらなるお楽しみが龍のごとく隠されていた。その一つが鴨鍋。妻は以前にもこちらで鴨鍋パーティをしているのだけれど、ボクは今回がはじめての参加。築地で買い付けてきた厳選鴨肉をネギとともにおろしポン酢で。和尚さんが作ってくださったきんぴらごぼうなど、副菜もかなりの充実ですばらしかった。ボクは体調の関係で遠慮したけれど、シャンパンなどもあったりして。我が家からは愛知の日本酒「丁珍」を持ち込んだ。鴨肉。めちゃ旨。そして、もう一つ、本日のメインディッシュとも言えるのが、日本琵琶楽協会理事長の須田誠舟先生の演奏による薩摩琵琶。薩摩琵琶ってのは初めて聞いたのだけれど、まさにジャパニーズロック、魂の叫び。あまりの迫力に正直たまげた。君が代の元ネタ「蓬莱山」っていうのも演奏していただき、いろんな意味で勉強になった夜。大先生に直接手ほどきを受ける。とにかく楽しい会だった。来年には我が家の結婚5周年パーティ(結婚式の代わり)をここでやります!(宣言)。皆様、ご祝儀の準備をw
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- お花
- 2013.05.19 Sunday
- category: ネコ
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友人がシュンギクのためにお花を持ってきてくれた。ボクらが悲しみに暮れているときにも、手紙と俳句でなぐさめてくれたふたり。3ヶ月経ったいまも覚えていてくれて、本当にありがとう。妻はまた泣いている。
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- ドイツのJR
- 2013.05.15 Wednesday
- category: 雑談
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ドイツの鉄道といえば、旧西ドイツの国鉄であるDBなのだけれど、ベルリンにはJRもある。アートの話。
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- シュンの記憶
- 2013.05.14 Tuesday
- category: ネコ
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妻が突然泣き出した。シュンギクの月命日の話をしているときだった。あれからちょうど3ヶ月が経った5月13日。あの日のことを思い出してしまったのか、と思ったのだけれど、理由は違っていた。「シュンちゃんの誕生日をお祝いするの忘れてた」5月10日はシュンギクの誕生日だった。ボクもすっかり油断していた。月命日は覚えていたのに。連休明けでバタバタしていたこともある。でも、それは言い訳にはならないだろう。「ご免ねシュンちゃん」と、泣き崩れる妻の横でひとりごちた。「ボクらだけは忘れない」と心に誓っているのに、毎日のようにその存在を思い出しては二人で話をするのに、それでも、ふとした瞬間に大切なことを忘れてしまうことがある。(ボクはもともと記念日の類いを覚えるのが苦手なのだけれど)そういえば、ここ数日、夜になるとシュンギクのことが頭をよぎり、なかなか寝付けない日が続いていた。寝れば、夢にシュンギクが出て来る。誕生日を忘れんな!きっと、寂しがりやのシュンが、ボクにそう訴えかけていたんだ。
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- ボクが美容院に行かなかったわけ
- 2013.05.13 Monday
- category: ネコ
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今日、髪を切った。最後に切ったのは確か12月だったはずだから、かれこれもう半年近く伸ばしっ放しだったことになる。髪を切らなかったのは、願掛けを行っていたらから、ではない。無精だからズルズルと美容院に行かなかった、というのも少しはあるけれど、それでも、いつもとは違い、どうしても足が向かない理由があった。ボクは美容院に行くのが怖かった。いや、もっと正確に言えば、美容師さんと話をするのが怖かった。ボクの担当をしてくれている美容師さんとは、もう10年以上の付き合いになる。とてもいい人で、明るく、気が使える。だからこそ、引っ越したいまもわざわざ通っている。彼女はネコを飼っている。かわいい2匹のネコ。シュンギクのことも知っていて、髪を切りに行くと、いつもネコの話ばかりしていた。だから、「シュンちゃん、元気にしてますか?」そう聞かれるのがとても怖かった。席に着くと、「ずいぶんご無沙汰でしたね」と言われた。ボクは「ええ、まぁ」としか答えられなかった。そして、「今日はどうしますか?」と聞かれる。いつものように「お任せします」とだけ伝え、目を閉じた。ボクは眠たい自分を演出して、このピンチを乗り切ることにした。パンダ柄のパンツも奏功した。そのパンツに心奪われた美容師さんは、ボクが目を開けるたび、パンダについて話をした。これこそまさに思うツボ。結局、シュンギクのことが話題にのぼることなく、1時間ちょっとでカットは終了した。帰り道、ホッとしたボクの心に一つの疑念が生まれる。もしかして、半年以上間が空いたから、彼女はシュンギクのことを忘れてしまったのではないかと。もしそうだとしたら、少し寂しいけれど、きっとそれも仕方がないことだと思う。シュンギクはボクと妻の中で行きている。そして、このブログを読んでくれている人たちの心の中に少しだけ足跡を残す。それでいいと思う。シュンギクが死んで3ヶ月。まだ3ヶ月、という気もするし、もう3ヶ月という気もする。
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- 六本木 大切な場所
- 2013.05.12 Sunday
- category: 雑談
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六本木の禅フォトギャラリーへ、鬼海弘雄さんの写真展を見に行く。その帰り道、いつもの場所にいつもの店がないことに気づき愕然とした。クローバーがない。六本木クローバー。この喫茶店をはじめて利用したときのことを、ボクはいまもよく覚えている。そのときボクはあり得ないほど緊張していた。『日経おとなのOFF』という雑誌の編集者をしているころのことだった。当時のボクは、ずっと憧れてきた作家、沢木耕太郎さんに連載をお願いしたいと考えていた。知り合い経由でいろいろと打診を試みたけれど、どれもダメ。ご本人にメッセージが届いていたかもよくわからない。結局、最後の手段で、直電話での勝負をかけることにした。沢木さんといえば、「仕事を断ることが仕事」とご本人もおっしゃるほど、連載をお願いするのが難しい作家として知られている。有名編集者であるスイッチパブリッシングの荒井さんが、1年かけてやっとコーヒーを飲むところまでたどり着けた、というほどなのだ。だから、文芸にこれといって強みもない、いやむしろマイナスの印象しかないであろう出版社の名もなき編集者が、連載をとれることはまずないだろう、というのが周囲の予想だった。ボクも簡単でないことはよく理解していた。OKをもらえるまでは何年でも粘るしかないだろうと。マスコミ電話帳を頼りに電話をかけると、電話口にはご本人が出た。当時は知らなかったけれど、沢木さんはいつもそうなのだ。断るときは自分で断る。そういう方である。ボクはありったけの思いを伝えた。どうして沢木さんにこの連載をお願いしたいのかを一方的にしゃべり続けた。「もしかすると何かできるかもしれない。一度会いましょうか」ボクは自分の耳を疑った。沢木さんから帰ってきたのは思いがけない一言だった。電話を切ったあとも、さっきのは本当は断りの言葉ではなかったか、自分で都合の良いほうに解釈してしまっているのじゃないか、何かの聞き間違い、勘違いをしているのではないかと、何度も何度も自問自答した。沢木さんと2回目にお会いしたのが、六本木クローバーだった。店は沢木さんの指定。ボクは予定時刻よりも30分も早く店に着いた。フカフカの絨毯の敷かれた階段を、それこそ浮き足立った、それでいて天にも上る心地で一歩一歩進んだ。待ち合わせの時間が夕方だったこともあり、2階のカフェスペースには、キレイに着飾った夜のお姐さんたちが、客との待ち合わせのためか、何人も陣取っていた。六本木の喧噪が嘘のようなゆっくりとした時間が店内には流れる。人が階段を上ってくるたび、ボクは立ち上がりそうになった。それからの30分は、本当に長い時間だった。沢木さんがいらしてからの数時間は、逆にあっという間だったのだけれど。それ以来、ボクはいろいろな打ち合わせでこの店を使うことになった。ゲン担ぎ。うまくいった沢木さんの連載にあやかってのことだった。重要なものであるほど、わざわざこの店を指定するようになる。そして決まって、「いい店でしょ」と自慢した。そんな店が、知らないうちに姿を消していた。それでも、しばらくこの店を使っていなかったのだから、閉店してしまったことを、とやかく言う資格はボクにはない。最後に訪れたのは1年ほど前のことだっただろうか。目黒のウエストに続き、ボクは大事な居場所をまた一つ失った。東京という街が、どんどん住みにくくなっていく。そんなことを痛切に感じた、週末の午後だった。六本木クローバーがあった場所の向かいには、いまも麻布警察署と青山ブックセンターがある。ボクはクローバーに来ると、いつも窓際に座り、本屋や警察署に出入りする人たちの姿を眺めてすごしたのを思い出した。久しぶりに訪れた六本木の青山ブックセンターは、もうかつてのような深夜営業をしていなかった。ここでもやはり大事なものが少しずつ消えて行く気がした。それでも、店内には、沢木さんの新刊と、いつも大変お世話になっている伊集院静先生の新刊とが同じところに並んでいた。そのすべてを読んでいるけれど、どれもすばらしい作品ばかりだ。「いつまでも変わらない、良質なもの」がいまもある。そこに並ぶ本を目にして、ボクは少しだけほっとした。
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- ドイツの駅
- 2013.05.11 Saturday
- category: 旅
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花宇中央駅。いつもお世話になってます!w
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- パンチのあるパンツ
- 2013.05.10 Friday
- category: 雑談
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さすがにパンチがあるのか、すれ違う人がよく2度見します。BLESSのパンダカモ。会社が少しざわついていた。
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